はじまりの物語

こんにちは、私たちは新潟駅南エリアを中心に活動する
新潟市南商工振興会です。

新潟駅より2kmほど離れた都市のど真ん中に周囲10kmもある鳥屋野潟。昭和初期から30年の後半まで潟は澄み切って100艘もの貸しボートやヨットが数隻風を受けて走っていました。しかし、昭和54年頃、下水道の発展の遅れで農業排水路に多くの家庭から生活雑排水が鳥屋野潟に流れ込みました。当時全国ワースト3まで汚れた水質を少しでも良くしたいと、この地域で事業を営む社長8人が鳥屋野潟のゴミ拾いを始めました。事業を営む地域の一角にある鳥屋野潟、その近くには家族との暮らしがありました。事業家であると同時に一市民として自らの街を良くしていきたい、そんな想いで立ち上がったのでした。

鳥屋野潟1周ウォーキングでは、ゴミ拾いを企画して、参加者にゴミ袋を持ってもらい2tトラック2台分のゴミを回収したこともありました。ゴミ拾いウォーキングには1,000〜2,000名の参加者があり、多い時には3,000名近くにもなりました。「駅南商工振興会」(昭和55年)という名前で始めたこの会も、会員が増え「新潟市南商工振興会」と名前を変えパワーアップして活動しています。公共下水道の鳥屋野潟周辺への進展とともに、現在の鳥屋野潟は生活雑排水の流れ込みが激減し、環境基準に何とか届きそうな状況になってきています。

新潟市南商工振興会は魅力ある街づくりのため地域の様々な団体や行政などと連携し、さらに鳥屋野潟が魅力的になるよう活動しています。活動の一環として親善ソフトバレー大会、カナール彩(新潟市都市緑花フェアと共催)、とやの物語等を行っています。

一方、昭和57年に新潟では上越新幹線が開通し、新潟駅南口にも新たに改札ができました。これを機に南口周辺を明るくしようと、当時けやき通りで店を構えていた若者たちを中心に「光のページェント」で新潟駅南口の冬を明るくする試みがなされるようになりました。自らの地域を愛し、事業を営む若者たちの「この街がこうなったらいいな」という、小さくとも確かな想いを形にしながら、カナール彩や光のページェントは今に繋がっています。

仲間が灯した駅南を照らす小さな灯りを大切に育て想いを繋いでいく、それが私たち新潟市南商工振興会です。